10年ぶりに・・・。

この時期の国民的行事。お花見。
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久しぶりに午前中に休みをとって家族で出かけてきた。

といっても嫁と愛犬の2人と一匹。

場所は地元の大きな公園。小川が流れそこには川面に向かって

見事にしだれたソメイヨシノがまさに満開見ごろを迎えていた。

思い付きでしかなかなか予定が立てられない日常だが、

今回も2日前に、嫁と愛犬孝行ではないが、ふと「お花見に行こう」

と思いつき、まさに10年ぶりのお花見。

弁当作って、ワインにチーズ、犬のおやつとリード、

準備万端整えていざ自転車で。

天気はわずかに曇り空。朝少し早めに出たこともあり、

やや肌寒い感じはあったが、とてもいいお花見日和。

近所の子供や主婦たちもぞろぞろと集まってきた。


もともと、お祭りとか花見とか、そういう国民的行事や、

多くの人たちが熱中することにはあまり興味が湧かない私は、
(まあ、人と同じことをするこをあまり好まないということだろう。)

敷物に横たわり、天に咲き狂う桜を見上げて、

「なんで、人々はこの桜というものに熱中するのだろう。

おまけにどうして「桜」なのか?」

菜の花を見て酒飲んで弁当広げる人はあまり聞かない。

チューリップ畑の前で宴会やってる人をあまり見かけない。

気が付けば公園の中には百人近い花見客がいたが、

そんなこと考えて酒飲んで弁当食ってる花見客は私くらいではないか?

「桜の木の下で弁当食べる習慣を最初に考えたのは誰だろう? 家康か?

信長?それとも秀吉か?」などと最初にこの習慣のもとになった

歴史などを色々と考えている。

美しい桜を観ては人々が喜ぶのは、美しい女性を見て、

男がいい気分になることと原理は同じである。

さほど驚くことではないと思うのだが。

TVをつけてもラジオを聞いても、街へ出ても「桜」「桜」「桜」。

皇居の乾通りでは2500人もの人たちが行列を作ったとか・・・。


そして公園ではどんどんと人が集まり、ござを敷き、お弁当を広げて

「お花見」という、皆が同じ行動をし始めるさまを

嫁が作ってくれたおにぎりをほおばりながら眺めていると、

どうやらやはり、桜の美しさはさることながら、

昔からの慣習で、桜が咲き始めると休みの日には出かけて

弁当を広げ桜を眺めるという行動をとるのが当たり前という、

「昔からやっている事だから」からとか、

「みんながやっているから」といったような形としての「お花見」、

儀礼の動機からくる行動なのではないかと、いつもながら私なりに

小難しく考えてしまう。

これが10年ぶりに出かけた私の「お花見」の楽しみ方である。(笑)

以上。
 
by seijitsushimi | 2016-04-03 09:52
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