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ブラボー サプール!

これこれ!
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「チョー かっこいい!!」
思わず叫んでしまいたくなる。

「サプール」。
コンゴ共和国でエレガントにおしゃれを楽しむ男達の事をこう呼ぶらしい。

女じゃダメなの? ま、いいや。

日本のある写真家がイベントで日本にサプールの代表を

招いたことをニュースでやっていた。

知らなかったぁ。

そんで俺は思わずハートが釘づけになったわけ。

彼ら黒人はもともと小顔で足も長くスタイルがいいんで高級スーツが

キマルわけよ。

そこがわれら日本人とは全然違う。

洋服が似合うわけ。もう、たまんねぇ。

わかるかなぁ。この感覚。

おまけに彼らのスローガンは、

「武器を捨ててエレガントに生きよう」だって。

これもまた素晴らしいセンス。

たとえ貧困な暮らしをしていても精いっぱいのおしゃれを楽しむ。

これが真の「お洒落」じゃない?

しかも彼らのファッションにはちゃんとルールがあって

4カラ―以上を身に着けてはいけないんだって。

そこがまた渋い。

金持ってるのをいいことに短足の頭でっかちのおっさんが

ブランドの高級スーツ着てかっこつけても様にならない。

そもそも日本人って洋服似合わないよね。

やっぱ和服でしょ。だってそもそも西洋人じゃないんだもん。

しかし、コンゴのサプールたち。

オーラ出しまくってる。

生きてることを楽しんでいる感が凄い伝わってくる。

日本人って裕福でもなんかくたびれてねぇ?

う~ん、会って話してみたい。

カっチョ良すぎる。

お友達になりたい気分。(^^)/

センスが良すぎる!

以上
by seijitsushimi | 2016-04-25 23:27

ご冥福を祈ります。

熊本の今回の震災。

現時点で40数名の方々が犠牲になられたとのこと。

心からご冥福をお祈りいたします。

そして、数万人を数える方々が不自由な避難生活を余儀なくされている。

食べ物や水、自由に動ける我々の普通の生活が、被災した人々の事を考えると

とても申し訳ない、悪いことをしているようにさえ感じてしまう。

行方不明者の自衛隊の賢明な捜索活動や、全国からの支援活動を

報道で見るばかりで私たちには個人として何もしてあげることはできない。

ただただ、「つらいなぁ、災難だったなぁ」と心でつぶやくことしかできない。

相次ぐこの日本の国土で起こる地震の被害を見ていて、

そろそろ、本気で考えるべきではないか?

南海トラフや、首都直下型など、必ず起こるであろうといわれている震災について

私たちは日々の生活の中でもう少し真剣に考えるべきでないか?

日本は世界でも有数の恵まれている国だ。

他国に比べ地理的にも、経済的にも、国民性、安全性、どれをとっても

こんなに平穏で恵まれている国は他にあるか?

飢餓もない、戦争もしない、難民も来ない。

東京では4年後のオリンピックに合わせ、国も民間も経済効果を最優先に目論み、

各地で建設ラッシュが始まり、莫大な予算や資金を投入している。

人々は震災が起きた時は皆一様に悲しみ、助け合い、ドラマチックに問題意識を話し合うが、

時間と共に報道がされなくなると風化されてしまうのが現状では?。

そして、もう何も起こらないことを前提に夢や希望を語り始める。

いやな問題は全て後回しにされているようにも感じてしまう。

本当に日本がいろんな意味で誇りを持てる「クール」な国だというのであれば、

まずは国を支えている我々国民は、何をさておき全力で

毎度の震災などで困っている被災者の生活を

支えたり被災地の復興に力を注ぐべきではないか? と私は思う。

今回の熊本地震の被害も数か月後には人々の記憶から忘れられていくだろう。

そして、国も国民も金儲けに翻弄される日々を送っていく日々が始まる。

ここらで我々現代人は、過去の犠牲を教訓にして、

どれほどの巨額な投資をして築いてきた立派な街も建物も、地震という

一瞬の自然の現象で、全て無にしてしまう現実と恐怖を真剣に考え、

反省し、これからの国民と国の在り方をもう一度考えてみては?

国に必要な「成長」は何も「経済」だけではない。

地味かもしれないが国や国民の「災害意識」や「対策」の部分でも

「成長」しなくてはいけない。日本は地理的にもそういう国なのだ。

震災で亡くした我々同胞の多くの命を無駄にしてはいけないし、

繰り返してはいけない。

国のリーダーにそういう意識を持っていただきたいと切に思うね。

以上
by seijitsushimi | 2016-04-18 09:58

10年ぶりに・・・。

この時期の国民的行事。お花見。
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久しぶりに午前中に休みをとって家族で出かけてきた。

といっても嫁と愛犬の2人と一匹。

場所は地元の大きな公園。小川が流れそこには川面に向かって

見事にしだれたソメイヨシノがまさに満開見ごろを迎えていた。

思い付きでしかなかなか予定が立てられない日常だが、

今回も2日前に、嫁と愛犬孝行ではないが、ふと「お花見に行こう」

と思いつき、まさに10年ぶりのお花見。

弁当作って、ワインにチーズ、犬のおやつとリード、

準備万端整えていざ自転車で。

天気はわずかに曇り空。朝少し早めに出たこともあり、

やや肌寒い感じはあったが、とてもいいお花見日和。

近所の子供や主婦たちもぞろぞろと集まってきた。


もともと、お祭りとか花見とか、そういう国民的行事や、

多くの人たちが熱中することにはあまり興味が湧かない私は、
(まあ、人と同じことをするこをあまり好まないということだろう。)

敷物に横たわり、天に咲き狂う桜を見上げて、

「なんで、人々はこの桜というものに熱中するのだろう。

おまけにどうして「桜」なのか?」

菜の花を見て酒飲んで弁当広げる人はあまり聞かない。

チューリップ畑の前で宴会やってる人をあまり見かけない。

気が付けば公園の中には百人近い花見客がいたが、

そんなこと考えて酒飲んで弁当食ってる花見客は私くらいではないか?

「桜の木の下で弁当食べる習慣を最初に考えたのは誰だろう? 家康か?

信長?それとも秀吉か?」などと最初にこの習慣のもとになった

歴史などを色々と考えている。

美しい桜を観ては人々が喜ぶのは、美しい女性を見て、

男がいい気分になることと原理は同じである。

さほど驚くことではないと思うのだが。

TVをつけてもラジオを聞いても、街へ出ても「桜」「桜」「桜」。

皇居の乾通りでは2500人もの人たちが行列を作ったとか・・・。


そして公園ではどんどんと人が集まり、ござを敷き、お弁当を広げて

「お花見」という、皆が同じ行動をし始めるさまを

嫁が作ってくれたおにぎりをほおばりながら眺めていると、

どうやらやはり、桜の美しさはさることながら、

昔からの慣習で、桜が咲き始めると休みの日には出かけて

弁当を広げ桜を眺めるという行動をとるのが当たり前という、

「昔からやっている事だから」からとか、

「みんながやっているから」といったような形としての「お花見」、

儀礼の動機からくる行動なのではないかと、いつもながら私なりに

小難しく考えてしまう。

これが10年ぶりに出かけた私の「お花見」の楽しみ方である。(笑)

以上。
 
by seijitsushimi | 2016-04-03 09:52