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いざ那須塩原のミスターメドックのもとへ・・・。

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入口の看板の両脇にそびえる杉の木が歴史を感じさせる。

今度は栃木県の那須塩原共墾社にある、あの”那須ワイン”の
渡邊葡萄酒醸造の渡邊嘉也(わたなべよしなり)氏に会いに行ってきた。
「農作物(葡萄やワインも含む)の善し悪しは作り手の善し悪しに準ずる」を
信じてやまない俺は、どうしても彼に会ってくる必要性を感じていたからだ。
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渡邊嘉也氏 何となくフランス人に似た落ち着きとおおらかさを感じる。

ご存じの方も多いと思うが、彼は26歳の時に渡仏し、
ボルドー大学へ入学、在学中にいくつかのシャトーで経験を重ねた後、
1997年にボルドーはポイヤックの銘醸、シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランドに入社し、
醸造スタッフとして技術部門の責任者たるトーマ・ド・シ・ナム氏に師事した経歴の持ち主。
その後もポムロルのペトリュス、ル・パンと並び称されるサンテミリオンのシンデレラワイン、
シャトー・ヴァランドローの醸造スタッフや、ピション・ラランドが運営するシャトー・ベルナドットの
立ち上げ等、数々の銘醸で経験を積んだ華やかな経歴を持っている。
だが、8年目にして敬愛する父上の逝去を期に帰国した。
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「ここはメドック?」と想わせてしまうほど美しく並べられたメルロの畑

ボルドー代表品種であるメルロ、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フランを
すべて自社畑で自ら栽培し、数々の銘醸で培ってきた技術やリズムを生かしながらワインを醸造
する実力派だ。

まず、「余り自分から多くをしゃべらない無口な人」と前評判を聞いていたので、
色々と対応(作戦)を俺なりに考えていたが、初対面、むむっ、なるほどという雰囲気はあったものの、
なんてことはない、職人同士、意気投合するまでにはまったく時間は必要ではなかった。

おまけにある一定の時間しゃべり続ける、とすでに昔からの友人のようにさえも思えるとてもフレンドリーで
親しみしたしみやすい人だ。おまけに、ふしぶしに優しさがバシバシ伝ってくる。
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清掃の行き届いた醸造タンク。


特に盛り上がる話は、やはりお互いに職種は違えどフランスでの生活経験があるということ。
ボルドーは、自分もフランス時代に一人で2度ほど足を運んだことが或る。
ブルゴーニュやロワール地方とは違い仕事での滞在経験がないし、何せパリから遠いことも会って
なんとなく落ち着かなかったのを記憶している。年代的に、その頃はすでに彼はボルドーにて
醸造の勉強をしていたことになる。そう考えると実に不思議な気になる。
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日本でのワイン作りの難しさについて熱心に語ってくれた。

苦労話はもちろん、90年代に起こったボルドーワインの不作や不況だった話、残念ながら父上の死によって8年間のボルドーでの醸造家としてのキャリアにピリオドを打つ結果になった話など、色々と
話してくれた。

12代続く渡邊家は由緒ある家柄で神家の出らしい。ワインを作り始めて4代。
日本ではとても歴史のあるワイナリーである。

ワインの顔でもあるラベルからも守り続けられる伝統と歴史を感じてしまう。
繁忙期にはシルバー人材を利用して作業を進めるらしいが、それ以外はほとんど
渡邊氏一人で作業をこなしているという。一口に言うが相当に大変な労働である。
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昔ながらのレトロなデザインラベルを今もそのままに

東北地震や福島の原発事故の影響で決してこの地でワインを作るということが経済的にも
とても好調な時期であるとは想像できないが、そうでなくても日本でワインを作ることの
経済的な問題や、天候をはじめ自然の力に影響を受けやすい農作物、さらになっとくの行
くものが出来上がるまでの気の遠くなるような時間の問題。色々と話を聞いていくと、この職業(家業)としてのワイナリーの経営の本当の「意味での大変さ」を改めて思い知らされた。
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樽から特別にぶんに入れて出してくれた非売品のスペシャルキュヴェ。値をつけると3万円位になるという。


ほとんどの日本のワイン作りを目指す農家は多くの資本を注ぎこみ、天候や自然の抵抗と闘いながら
長い年月をかけ、いいブドウが成熟するまで待ち焦がれ、それらからいいワインが出来、
たくさんの日本人たちに愛飲され、それで彼らが本当に幸せになれる日は、はたしていつやってくるだろうか?

「苗を植え、成熟した葡萄が出来るには最低でも15年かかる。我々にはそれほど沢山の時間がないんです。」
と呟く渡邊さんを見て、もっともっと日本のワインを我々日本人が愛飲していかないと、
やっと始まりかけてきた日本ワインのプログレス(発展、向上)が、たち消えてしまうんじゃないかと
危惧してしまう。
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ワイナリーを出て車で15分ほど走った道の駅の地そば屋にて食事。 ここでもフランスでの話で盛り上がる。



彼はまだ独身。余計なことだが、早くいい人生のパートナーが現れ、彼のサポーターとなり
子孫を繁栄し、この歴史あるワイナリーをさらに熟成させ、渡邊さんがうれしそうに語っていた
「那須ワインが日本のメドックになる日」を是非是非実現させてほしいと切に思った。

8月に上京していただき渡邊氏のワイン会イベントを開催すること(8月23日予定)になったが、
是非、その時に、花嫁を募集することも即座に思いついた俺はやはりお節介なのか?
まあ、「わしはわしじゃけぇ、ええんじゃないか?」

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那須までの片道2時間半の往復約5時間、ず~~と車中で寝ていた銀座店のワイン担当、石元君。
日ごろの疲れからか、寝る子は育つんだね。(笑)こちらが行きの寝顔。

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こちらが帰りの寝顔。緊張感が無くなっている。


以上。
by seijitsushimi | 2011-05-17 10:43
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