冬季の代替野菜・・・。

岩手をはじめ東北の野菜は緯度のせいで平均気温が関東圏に比べ低く、とにかく野菜が元気で力強く
活き活きとしており、また、池田氏を代表する長野の佐久当りの山深い地域は絶対的な”気”を持つ土壌の良さと、やはり
年間を通じあまり気温差が無いことから、元気で滋味のある良い野菜を作りだす。
しかしながら、2者とも真冬の間、雪をかぶり特に池田氏の畑は四季を大事にする露地物中心である為にやはり1月~4月当りは
こだわりの休業となってしまい、来季の耕作に備える。当然俺はその間の供給先を、それも品質が劣らないものを探さなくてはならず・・・。

今日鎌倉まで野菜を見に早起きをし出かけてきた。噂では、都内の多くのシェフたちが、鎌倉農家の作る色々な色や形の
珍しく新しい洋野菜を求めてわざわざ買い求めに来ているらしい。どうやら、手間と人手の問題でその市場では宅配扱いを一切しておらず、
欲しい者は足を運ぶしか方法が無いらしい。
昨今、鎌倉のここの野菜も何かとメジャーになり多くの料理人が使っているというところで、もっとスペシャルなものを求め、
おあまのじゃくな俺はこれまで余り興味がわかなかったわけだが、
とりあえず百聞は一見で、見てくることにした。それもどうしても年内に見ておきたかった。

前4班に分かれており、各農家が交代で出店するやり方で、出店しない日に耕作や収穫を行う。
想像以上に種類も多く、殆どが通常目にする日常野菜というよりは、色とりどりであったり、ミニ野菜であったり、
いわゆるここ数年の流行り野菜が目につく。いくつかを試食させてもらうが、確かに味もよくそれぞれに特徴が出ていて
面白さもある。

ある一件の農家の社長と偶然にも色々と話す事が出来た。19代続く鎌倉では生粋の農家らしい。
19代は凄い。ここ数年前から、洋野菜を中心に切り替わっているらしい。やはり需要があるからだろう。
一般の主婦使いの野菜というよりは、神奈川、東京 山梨 遠くは長野あたりからもプロの料理人が
求めに来て腕をふるう種の野菜である。

ちょっと買っていくつもりが、両手に数万円分の野菜を買う事になっているほど本当に食材を目にすると
手にとって買いたくなる。

ん~。確かにいい野菜が揃っている。

電車代やコンビニから送る宅配代、燃料と高速代と時間を使っても場合によってはメリットがあるから
東京から多くのシェフたちが集まるのだろう。

根菜が多いこの時期だったが、今度は春に春野菜を見に来てみよう・・・。
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農協さんの協力のもと運営しているらしい。
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はい。大変季節を感じました。
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色が美しいね。 元気もいい。
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うひょ~。キレイッ!
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何処を見てるの?
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やっぱ生産者名明記は昨今常識だね。
# by seijitsushimi | 2010-12-08 19:42

スイーツ番長。

昨日、某出版社から来春に出る”日本の10大スイーツ”(多分そうだったと思う)というMook本の取材撮影で、
銀座のミラヴィルインパクトに行った。デザートコースの写真とインタビューで、まぁいつも通りの流れで進んでいた。
この書籍の監修が、かの“スイーツ番長”の清水好夫氏。日本スイーツコンシエルジュ協会の代表である。
お会いしたのは初めてであるが、インターネット上で何度か目にしたり、噂をお聞きした事がある。
写真を見る限り到底”スイーツ”を連想させない(個人的感想だが)、それでいて”番長”は最大限連想させてしまう
出で立ちで、その”番長が”直々にお見えになっていた。
不思議と自分にとっては好印象で、珍しく自分から話しかけると気さくに応えてくれた事もあり、
俺が番長に取材しているような感じだった。
「なんでスイーツが好きなんですか?」とか、「もともとお菓子屋さんとか料理人じゃないんですか?」
とか「どうやってここまでメジャーになったんですか?」などなど、初対面にしてはかなりぶしつけな質問の連続であったが
、返事を聞いているとなかなか更に好印象だった。人って、話すとその人が発する情報から
いろんなデータが分析出来る。挨拶の出来るできない、から始まり、しぐさ、ことばの使い方、視線のやり方、姿勢などなど。
あとは彼が考えるスイーツや、某店の人気の分析など全てが自分と波長の合いそうな意見だった事もそれを後押ししたんだと思う。

その後順調に撮影も終わり、俺は突拍子もなく
「番長と写真を撮ろう」と思った。下手な芸能人よりも全然興味あるし・・・。
「番長さん、一緒に写真良いですか?」 当然快く引き受けてくれた。
で、ここからが本番。スタッフに撮影を頼み、アングルを決めている間、
更に俺は質問攻めをする事になる。
「歳はいくつですか?」「出身はどこですか?」完ぺきに興味しんしんの、み~ちゃんは~ちゃん状態である。
歳に関しては耳元で囁くように「48歳。」
「じゃじゃ~~ん。」「おんなじじゃ~~ん」。「おっさんじゃ~ん。」ますます親近感を覚える。出身は「川崎」とささやかれ、
じゃあ、「横浜銀蝿じゃないですか」。これはウケた。
なんやかんやで、短時間で俺はこの番長にかなりの親近感を覚え、出来たら美味い酒でも一緒に
のみたいなぁなどと思う。「でも相手は有名人だしなぁ。」

もともと少々人間嫌いだった俺が、最近インスピレーションで、他人に素直に興味を持つ事が多くなった気がする。
俺にとっては、これはかなりの進歩で、更に今後の自分のイノベーションに繋がる大きなきっかけにも、なっていくのではないか?

なぜか「番長」にまた会えるような気がして、撮影の仕事は無事終了したのであった。
以上
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不思議と”番長”が食べると本当においしそうだよなぁ
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おっさんたちは頑張っています。
# by seijitsushimi | 2010-12-08 15:57

「天・水・土」


彫刻家 尾崎悟に出会ったのは、ある知人からの紹介だった。
「是非、都志見さんに会わせたい人がいる。きっとお互いに刺激し合えると思う。」と。小雨が降るある日、千葉県の山奥にある彼の工房に紹介者とともに会いに行った。

彼は自らが飼う鶏の卵を食い、現代社会から自ら距離を置いて、まるで「悟り」を開いた人間かのごとく、無欲に、決してぜいたくをすることなく、ただただ黙々と作品を創る一人の男におれの眼には写った。
彼は我々が到着するや否や、こう言った。「今日はせっかく来てくれたんだから、後でデザートを用意している。」と。
何のことか見当もつかぬまま、彼の工房へと足を運ぶと、そこには真っ赤に焼けた鉄が4枚。”焼き”が頂点に達したころに、彼はさらにこう言った。

「デザートを食べてもらうには皿が必要だから、まずは皿から作りましょう。」と。
俺は驚きを隠しきれず、言葉も失ってしまった。
「TSU・SHI・MI」では「土」(いわゆる野菜、その他日本の土からなるもの)
と「NIPPONJIN」の”もてなす心”を最大のテーマにしている。
まさにこの尾崎氏の行為には、「日本人」の”もてなす心”そのものであった。そのあとに言葉は必要ではなかった。当然ながら俺は瞬時にして尾崎悟ファンになってしまうのである。

作品には、1点に200万円の値が付くぐらい才能をもった鉄作家である。日本中のあちこちのミュージアムや学校にも彼の作品は存在感を表現している。今回「TSU・SHI・MiI」の入口に置くキャンドルスタンドを、さして時間もないのに、それも一度しか会ったことのない人間に「想い」だけを感じていただき、タダ同然の金額で作っていただいた。喜びの表現のしようもない。

届けてくれたその日に彼はスタッフ皆の前で、この作品への「想い」を説明してくれた。

「天・水・土」(てんすいど)の漢字そのものがモチーフになっている。
そして台には彼自身がこの作品のために真鶴の海岸でとってきた素晴らしい質感と造形の石が店の玄関に存在している。
「天・水・土」。天とは太陽。そして水と土。まさに俺の料理のテーマである”野菜”には必要不可欠なイングレディアンであり、まさにそのものである。
俺は尾崎氏に、特に何もリクエストしたわけでもなく、逆に尾崎氏の感性を目にすることがとても楽しみであったわけだが、残念ながら3度目に会ったその時に完璧に尾崎氏の才能にひれ伏せざるを得なかった。
この「天・水・土」をわが店のロゴとテーマに使わせていただくことで、尾崎氏への感謝の気持ちとしてとらえていただきたいと思う。
前期の4枚の「鉄皿」は、彼曰く、「溶かして原料にします。」ということで、
あまりのもったいなさに驚いた俺は、是非今度の新店で実際に使わせてほしいと伝え、これも運よく譲ってもらうことができた。この世に4枚しか存在しない「特別な皿」で、やはり自分の大切なお客さんをもてなしたいと思うのはごくごく自然な気持ちであることは言うまでもない。

尾崎氏がその日ふるまってくれたデザートは、
・山になっている栗の渋皮ごと素揚げ
・熟した柿のホイル焼き
であった。それはどんなレストランで頂くデザートよりも感慨深いものであったことは当然である。
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本当の山奥なのである。
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想像通り見るからに彫刻家の風貌である。
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4,5羽の鶏が工房の周りを歩き回っている。彼らの生む玉子は良質で重要な蛋白源。肉は食べないそうだ。
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訪れるとすでにわれわれのために用意される皿が真っ赤に焼けていた。
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職人の横顔・・・。
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かっこいい・・・。
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目の前で出来上がった鉄皿4枚。 色肌感が何とも言えず素晴らしい・・・。
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栗の渋皮あげも職人技である。
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尾崎氏の調理風景・・・。 熟した柿のホイル焼き・・・。 
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店まで設置に来てくれた尾崎氏。 この後スタッフ全員で尾崎氏の話を聞いた・・・。

ここで是非紹介したい尾崎氏からのこの作品についてのメールがある。
本人の承諾なしだが、お許し願いたい。


都志見さま



衝動的に短期間で作りましたが、
始めて都志見さんとお会いした瞬間から、
作品のインスピレーションは生まれておりました。
これは私にとって奇跡的な幸せであります。
何故ならば、「通じる」「感じる」
信頼出来る男と出会えたと確信できたからです。
どうかこれからも宜しくお願い致します。

本来はアートや食はサイレントワールドと感じ、
ヘタな言葉は不要なのですが、
都志見さんのサイトを拝見していましたら、
いくつかの言葉が出てきて、不要な能書きですが、
記念にちょっと読んでみてください。




耕す者が、作物を無事に収穫できたときに天を仰いで感謝を捧げるのは、
光と水の恵みがあるからこそと思います。
雨が降り、大地に染み渡り、太陽の熱によって再び天へ………
そのリサイクルを日本人である自分として捉えた時に、
3つの漢字を回転させて現れたものを造形しました。
回転とは輪廻、そして「輪、和」を意味します。
輪廻は生命の不連続的連続、リサイクルであり、
和は文字通り日本と平和です。

素材に鉄を使った理由は、鉄というのは、
地球を構成する物質の実に34.6%にも上り、
動植物の体内にも含まれている母なる素材だからです。
そして何より、私が人間・都志見セイジと始めて対峙した時に、
その飾らなくドッシリと大地を踏みしめる姿、
常に基本を見つめる眼差しを感じたからであります。

錆びてヨレヨレの薄い鉄板ですが、
精神が一本、天に貫き、
我々が生きる上で最も大切なことを見つめ直す時間を与えてくれる、
匠・都志見セイジを象徴する彫刻として制作いたしました。



尾崎悟


是非実物を見てほしいもんだ。
都志見
# by seijitsushimi | 2010-12-07 17:45

最高の賛辞

今日のランチ。もちろんスタッフが一丸となって頑張った。
お1人で見えてた女性に帰り際にいただいた言葉。
「幸せな時間でした。」と。
もちろん「幸せな言葉」であった。
ありがとうございました。
# by seijitsushimi | 2010-12-03 16:51

竹堂園にて・・・。2回目   その2

”たたら切り” 。細い糸で土を水平に切ることで皿の厚さを均一にする。お菓子作りで、スポンジを
同じ厚さに切っているのと同じ原理だね。でも間違っても相手はスポンジなどと柔らかいものではなく
”土”であるからにして、かなりの力が必要で、指が痛くなる。

陶芸たるものに触れるのは、確か小学校だったか粘土遊びして窯で焼いて色をつけたとき以来だろう。今回は、下手でも何でも自分で作ったというだけで、部屋に飾って眺めながら
にやにやしていられるわけではなく、新しい店の、テーブルウェアの主役になるわけで、
お客さんに不快に思われるようなものであってはならないから有る意味緊張もする。

もう時間もない、今日何とか形にしなければ、オープン日がずれ込んでしまうし
、下手をすると間に合わせで、代用を用意する羽目になる。

一度工程の流れをつかむとあとは枚数分をこなしていく作業になる。
今回は予備も入れて25枚ほど。予定では12席なんで破損を考えたらこれくらいは必要である。
おまけに今回の流れを考えたら、再度同じ作業をさせてもらう事など申し訳なくて頼めるはずもない。
まさにこれが最初で最後のコラボレーションになるであろう。

土のカットが終わると、今度はだいたいの寸法に合わせて、カット、整形に入る。
これが、思うようにいかないのよ。おまけに一口に25枚とはいえ結構な作業に
なる。

そして更に同じ土を水で溶いた様なものをディスペンサに入れ、まさに料理でソースをかけるかのごとく、
造形をつけていく。 垂らした凹凸がそのまま皿の造形になるので、結構どきどきするのだろうが、
そこは思い切りのいい俺は、いきなりすいすいと描き始める。 このイケイケが結果いい作風になることが多い。

それでも作業開始から2時間ほどで、すべてのカット、造形が出来上がった。
あとは乾燥作業に入る。 その日で出来る工程に限りがあるのが残念だが、たとえ2時間の作業に来るまで5時間かかろうが、この作業は踏まえなくてはならない。
いずれにしても完成が楽しみであり、思うようなものができるか不安でもある。





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25枚の異なるパターにするんだけどこれって結構難しくて、途中で同じ模様になってしまう。
違った造形をたくさん作るのって意外に大変。
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これから角を折り曲げて乾燥に入る、とりあえず今日の行程はこれで終わりとなる。
いよいよ最後は絵付けになる。
# by seijitsushimi | 2010-11-13 16:30

竹堂園にて・・・。2日目・・。その1


年齢こそ3つ上だがこの際、親しみを込めて”淳ちゃん”と呼ばせて頂こう。
それくらいに今回の手作りショウプレート製作プロジェクトにおいて最大の尊敬に値する竹堂園の
代表 島倉 淳氏。
俺にはこれまで決して頭の上がらない人間というものが幾人(実親も含めて・・。)かいるが、
彼こそはまぎれもないその一人である。
自分の仕事に対する対価というものを気にもかけず、ある意味一心不乱に人の為に尽力を尽くす。
それが最終的には絶対的に予想もしない形できっと己に帰るであろう、人生においてそれを”地”で
行っている人物である。

今回は2度目の瀬戸入り。この回の訪問で、今回のショウプレート作成の大きな流れを
決定することになる。
前記の白磁作家 長江重和氏に続いて、窯元”宝山”の社長、長江武良夫氏にも協力頂く流れとなる。
打ち合わせをしながら、陶芸の難しさや、自分のやろうとしている事の常識のなさを謹んで感じつつ、
それでも今回のチャレンジを何とか形にしたいという思いで、こんなにおおごとになっている現実に
少々恐縮してしまう所もあった。これは明らかにビジネスを度外視した、いいもの(作品)を創るという
物創りに携わる人々の気持ちと意欲が一つになり、とてつもなく建設的で、愉快な時間が経過
している事を実感した。

今回も車にて朝4時起きで9時半に竹堂園さんを訪ねる。今日は宝山の長江さんの所へ行き、初期の作業である
たたら切りから表面の仕上げ、第一の乾燥までの工程を一気に仕上げて帰るというもの。
今回の出来で納期などにも影響しオープン日の決定に繋がっていくこともあり、緊張と同時に不安も大いに感じる
一日になる。
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今回心からお世話になったと感じる瀬戸市品野で約100年の歴史を誇る窯元 竹堂園の代表
島倉淳氏。彼を中心に今回色々な方を紹介してもらった。
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”宝山”の工房にて・・・。
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サンプルで焼いてもらったものをイメージに今日の作業の方向性を打ち合わせ・・・。
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中央が、今回”たたら切り”と絵付けを進めていくに当たり、大変ご協力頂いた品野の窯元”宝山”の代表
長江武良夫氏。前回紹介した白磁作家長江重和氏とはご親戚らしい。”長江”という苗字はこのあたりには多いらしい。 写真は作業前の打ち合わせ。みな熱くなっている。
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長江氏に今日の作業の説明を受ける・・・。
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これが今日の作業の要。”たたら板”というもので、この板を組み合わせることで厚みが決まる。
古いものでは明治時代から使っているものらしい。・・・。
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今回用意してもらった白磁土。これで予定では25枚程度焼き上げる予定。
両側に置いてある板が”たたら板”。
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今回、よきパートナー役となってくれた淳ちゃんは細部にわたってのチェックに余念がない。
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偉大な職人を前にして持論を展開する俺。
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いよいよ作業開始。
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そしてまたまた打ち合わせ。念には念を入れて・・・。失敗は許されない。
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窓辺に飾ってあったこれは・・・。ウルトラマンか?・・・。バルタン星人か。
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先ほどの白磁土をゆる~く伸ばしたもので、表面に表情をつけていく。
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この後、焼き縮みを考慮して収縮率を計算したうえで、カットしていく。
その2へつづく。
# by seijitsushimi | 2010-11-13 00:08

16年ぶりのパリとブルゴーニュ・・・。その5

やはり今回久しぶりにフランスへ渡り感じたことはただただ、基本的にはいい意味で変化しない
国だなぁと思う。パリに限っては、町にスタバが乱立していたり、安いレストランに行列をなしていたりと、都会ならではのいわゆる”はやりもの”は横行しているが、ひとたび地方へと出かけると何ら変わりなく昔の修業時代へと気持ちはワープしていくようだった。
今回は一観光客として、パリでは、マドレーヌ広場でマドレーヌをほおばったり、コンコルド広場で写真を撮ったり、ヴァンドーム広場でリッチな気分になったり、とても純粋にある意味初めて仕事を忘れてパリの美しさに翻弄されていた。
4回目になろうか、大好きなヴェルサイユにも立ちより、あらためてフランス人の美意識の真髄を満喫できた。
すごい。美しすぎる。すごすぎる。

帰りの空港では、プレイステーションでF1ゲームに没頭しながらすでに頭の中はフツーの日本人に戻りかけている自分が
ちと悲しい・・・。
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マドレーヌ広場にある寺院。昔はこんなにしげしげ眺めることはしなかったなぁ。
カメラを構える俺はマドレーヌをほおばっていた。
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ヴァンドーム広場。ここを一周し、戻ってくる頃にはお金持ちになった気分になるのが不思議である。
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偶然見つけた古典的ビストロ「アラール」ここはまた訪れたいね。料理もおいしかった。
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昔安ホテルで生活していたころ職場に向かうメトロの駅までの道のりにしゃれたレストランがたくさんできていた。ここはガニエール氏の魚専門店"GAYA"。
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"GAYA"の店の前に置いてあった面白いデザインの椅子。店よりも料理よりもこの椅子のほうが大いに気になる。
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ルイ14世像。ヴェルサイユ宮殿前。今回で4度目になる。何度来ても美しい。
なんかスケールが違うね。
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近くで狩猟射撃の訓練だろうか・・・。ジビエの時期だしね。
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美しい・・・。
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飛行場にて。Paulで朝食。どこで食ってもペストリーはうまいね。
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空港で見つけたPS。パリでプレステ出来るとは・・・.
見て、この真剣な表情。
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同じ飛行機に何やら感染病患者がいる疑いがあるらしい・・・。
警察が来て何やらぶっそうな雰囲気。後でただの酔っ払いだったことがわかったのだが、
それよりもこの警官が脚が長くてカッコいいのなんの。 日本ではあまりいないね~。
# by seijitsushimi | 2010-11-12 09:06

16年ぶりのパリとブルゴーニュ・・・。その4

パリに数日滞在後、今回の渡仏のもう一つの目的であるブルゴーニュへと向かった。
それこそ、かれこれ20年ぶりかなぁ。ずいぶんご無沙汰したもんだ。
リヨン駅からTGVでとりあえずディジョンへと向かう。まだうす暗い朝7時半に前述のホリメグと待ち合わせ。
眠いながらも、心は躍る。今回は知人のインポーターさんの紹介で、一件の作り手を訪ねる予定だが、
はたして実現するのだろうか・・・。 昼めしは、ボージョレーでコック・オ・ヴァン(鶏の赤ワイン煮込み)を食らう予定で、ディジョンの駅でレンタカーを借りて一路74号を南へひた走る。
結論から言うと結局、作り手「シャンタル レスキュール」を訪ねることも叶わず、ボージョレーでコックにもありつけず滑り込みセーフで飛び込んだ店は、なんと約20年前に働いた事のある店で
そこには当然、当時いたスタッフは一人もおらず、最後にはマコン市内からなかなか高速に乗る事が出来ず結局、ディジョン駅に着いたのは帰りのチケットの時間を5分過ぎ、おかげで1時間半、足止めをくらい、パリに、ホテルに帰ったのが約11時半という、珍道中になってしまった事はまぎれもない事実である。
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日本の新幹線は、ころころ形が変わるけどTGVは車両のデザインは変わっていないなぁ。
その辺もフランスっぽい。 しかしまだうす暗い。
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ホリメグと今日の予定について打ち合わせ!? 殆ど昼めしどこにしよう?しか考えてない様子。
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マスタードでおなじみのディジョン。しかしもう街にはマスタードの文字はどこにもない。・・・。
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今回借りたシトロエンC4. フレンチカーのpデザインもなんかよくなったぁ。
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74号をひた走るとすぐに、そこはワインワインワインワインワイン・・・。そしてまたワイン。
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ぶどうぶどうワインワインぶどうワインぶどうワイン・・・・。そしてまたぶどうワイン・・・。
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これこれ。・・・・・・・。
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ピュリニーね。

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モンラシェの試飲所で美味いのを一杯頂いた。飲酒運転はダメよ。
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いよいよ昼めし。 時間が遅くなり鶏煮込みボージョレーは断念。下手をするとマックかなんかになりそうなんで、以前働いた事のあるマコンの店へと向かった。その名はレストラン「サン・ロラン」。ボナスにある世界的にも有名な3星レストラン「ジョルジュブラン」の姉妹店。当時、ヘルプでここサン・ロランにて数週間働いた事があった。
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皿が可愛い・・・。 今日、オーダーしたメニューは仔牛のレバーのムニエル、シェリーヴィネガー風味・・・。
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それに、あふれんばかりのプティポワ(グリンピース)。 やばい・・・。 多すぎる。昔はこんな料理じゃなかった・・・。でも美味いよ。
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これにも正直面食らった。 思ったのは、マコンにもアメリカの風?が流れている・・・?
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最後に店長と記念写真。昔の事を知っている唯一の人物だった。当時俺を可愛がってくれたシェフは、今は料理人を辞めて、違う職業に就いている事を彼の口から聞いた時は、「う~ん 時代だなぁ」とちとさみしくもあった。
# by seijitsushimi | 2010-11-11 23:31

16年ぶりのパリとブルゴーニュ・・・。その3

見るもの、感じるものが全て16年ぶりのパリなんだよなぁ。
で、今回ちょっと驚いた光景に出くわしたんよ。
 泊まっていたホテル(メトロでグランブルヴァール近く)は、
当然うろちょろするわけだけど、ちょっと気になるネオンサインがあって、
Restaurant とある。大衆向けのいわゆる古めかしいそれも結構大きな食堂っぽいレストラン。
店名は”Chartier”。う~ん気になるなぁ。そーっとネオンからその先を見るとなにやら美味そうな雰囲気
のあるビストロチックな、そして大衆向けな・・・。 イヴモンタン主演の”ギャルソン”を
彷彿とさせる・・・。昔のFLOを思わせる雰囲気の・・・。
おまけにこの店の入り口に向けてどうやら人が並んでいる様子。
せいぜい15~20分で食い終わるいわゆる日本のラーメン屋で人が並ぶ光景はよく目にするが、
入店から出店まで最低でも1時間半から2時間かけて楽しむレストランで、それこそ5~60人が並んでいる
。これも時代なんかなぁ。修行時代のフランスでは見た事も聞いたこともない風景。生まれて初めて見る光景である。

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パリの風物詩でもあるタバコ屋の看板も何となく時代に追いやられてあまり見かけ無くなったような気もする。
おれもたばこ、やらなくなったし・・・。
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今回はムーランルージュ試してみたけど、やっぱ予約取れないね。約2週間くらい先になるらしい・・・。
けど日本から予約して来るのもなんかめんどっちいんだけど・・。 今回は残念。
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レ・アル近くのフォアグラ屋さん。懐かしいね。ここでお土産でも買おうか・・・。
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キャフェのテラスでお茶こいてると雨が・・・。 パリって雨多いよね割と・・。
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で、デタ~~ッ!。かの”シャルティエ”のメイン料理。仔牛のコートレット、パスタ添え。これがフレンチの
日常食だね。気取らなさすぎ!?(笑)火は通し過ぎ!?
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味のある店内の照明とガラスにべたべたと貼られたクレジットのステッカーもなんだか、良い雰囲気を演出しているような気さえする。
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このおっさん、いや、ギャルソンの胸には19の番号が・・・。っていう事は19人以上のギャルソンが動き回っているという事か・・・。皆熟練され、きびきびと走り回る所はさすが本場。あっぱれ!
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そうそう、まさにパリのビストロはこうでなくっちゃって感じでしょ。

で、この後、いい気分でホテルに戻るも、持参していたプーマの赤スポーツバック(非売品のプレミア物で結構気に入っていた)を店に置き忘れ、翌日店に再訪したが、どうやらねこばばされたらしい。(悲)
19番のおっさんだろうか・・・・・。?(冗談)
幸い貴重品を入れていたわけではないので良かったが、まあ、こういう、日本と違って割とアバウトな所も
かえってパリの魅力に思えて許せてしまうのも、たぶん日本人の欠点だろう。
# by seijitsushimi | 2010-11-05 19:46

16年ぶりのパリとブルゴーニュ・・・。その2

今回のフランスの旅は、前述の通り空気を感じるのが目的であるがために、レストランの予約何ぞはあらかじめしていかなかった。
食事の時間を気にしながらそれによって行動が制限されるのはたまらない。たまたまたどり着いたお店がよければそれでよしとしよう。
2日目にホリメグの[いとこ]たる青年を紹介され、一時帰国直前に話すことができた。
彼は約3年の修業中で、パリのブリストルで修業をしているらしい。彼の話しをキャフェで聞きながら、「ふ~ん、なんだかかわったなぁ」感をおおいに感じた。
彼からの情報もあり、めぼしい店をピックアップした俺は彼と別れた後に予約してみた。
その「なんだか変わった」ということの一つに、今話題のレストランの予約が2日前でも取れたということだ。
そして、食事後には再度、大きな変化を感じることになった。「やっぱりレストランが大きく変化しようとしている・・・。」

フランス人が安易に英語で会話することに、さらなる驚きがあった。自分らの居た時代には少なくともフランス人は自尊心がかなり高く、英語での会話には特にアレルギーを持っているようにさえ感じていた。 わかるのにわからないふりをする人たちも多くいた。
なぜだ・・・? 町にはスタバが乱立し、英語の飛び交うパリ・・・。レストランに行くと結構ジャパナイズされた料理が目立つ。印象がある。昔の記憶だけが時間と共に増幅して、そこに止まりっぱなしであろうはずもない国の風習や文化に正直面喰ってしまったのだろう。
確実にフランスにも新しいジェネレーションが始まっている。料理もね。

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22年くらい前にパリ時代暮らしていた” ホテルヴェルヌイユ” 跡。名物マダムデュモンはもう亡くなったと噂はきいたが・・・。 5階にあったその部屋はスーツケースを床におろすとゴロゴロと転がっていくほど傾いていた。
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まさに 27 Rue de Verneuil。 ここだったなぁ。
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モンマルトルから見下ろすパリ市内。ここで黄昏ながら、轟音を立てて上空を飛び交う戦闘機を見上げながら、「俺はこの街のどこかの目に見えないほどの小さなレストランのキッチンで、毎日戦っていても誰も気が付いてくれないのに、あの戦闘機のパイロットの仕事はこんなに離れた地上からでもだれからでも存在に気付き、みんなが見上げている。おれも、大空を舞うパイロットのように存在のある仕事をしていきたい。」
などと今思うとわけのわからんことを考えていたなあ。と思いだす場所。
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モンマルトルを降りて行くとこういう意味の解らんものがぽつぽつ目に着く。  こういうの好きだなぁ。
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こうゆうのも好き。・・・。
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レストラン「ムーラン ド ラ ギャレット」 すごい!。 まだやってる。
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イヴ モンタンが歩いてきそうな石畳の昔ながらの通り。・・・
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キャフェのカラーも最近は派手なものがある。 モダンだね。嫌いじゃない。・・・
# by seijitsushimi | 2010-11-05 15:31